Translate

2017年5月4日木曜日

Me perdi en el Eden


              4

 

 夕べ、トレイシーが、僕のホテルを訪ねてきて、明日エスタード・マジョ―ル(参謀本部)へ行って、FMLNと軍の戦闘が最も激しい、モラサンへ行く許可の申請をするけど、僕に一緒に行って協力してほしい。そこで、彼女の仕事を手伝うカメラマンということで、記者証が取れるかどうかやってみないかと言う。
  先日彼女がアパートでフィエスタ(パーティー)を開いた。大学で知り合った、オスカルが招かれていて、連れられて行って飲んでる時、僕が冗談で、日本の運転免許証でごまかして、記者証が取れるかなあ、と言ったのをトレイシーは覚えていたようだ。という訳で、あまり乗り気はしないのだが友達も出来たし、まあ少し出国が延びてもいいかと、今朝は早くから言われた時刻に彼女のアパートに行ったのだが、まだ寝ていて用意が出来ていない。
  それから旅行者のイギリス人のジュリアや、アメリカ人のケリーが朝食を作ろうとやって来て、そうこうしているうちにだいぶ遅くなり、軍参謀本部に着いたのはなんと正午。トレイシーは一時までやっているからと言っていたのだが、十二時きっかりで昼休み。結局、午後二時の再開まで待たねばならなくなった。アングロサクソンはラテン人より時間に正確なのかと思っていたと言うと、カチンときたのか青い目で睨み、僕が先日のパーティーで、オスカル達と、女性はラティーナ(ラテン女性)が一番と言って盛り上がっていたくせにと言いがかりをつける。
  彼女が二時まで人権委員会の事務所に行こうと言うのでつき合うことにした。時間を考えてタクシーを使う。それはセントロを外れた住宅街の一角にあった。着いた時は職員が出かけているようで、中庭で待つことになった。中庭の木陰で二人のセニョーラが同じように待っていた。僕たちは自己紹介して話をしながら待った。
  彼女らは半年前に軍の兵士達に夫を引っぱって行かれて以来、ここに通っているらしい。一人はその妻、もう一人は夫の年老いた母親だという。そもそもの起こりは彼女らが住んでるスラムに、ちょっとやくざっぽい男が住んでいて、その男はスラムの中では、少々力があって闇の商売などしているのだが、ある日酔っ払ったこの男が夫に因縁を付けてきた。夫はこのしつこく絡むその男を殴ってしまった。男は次の日、知り合いの軍関係者に、夫を反政府活動をしているという通報をし、連れて行かせた。
  セニョーラはそんなのはでたらめだと、軍や警察に行って掛け合うのだが取り合ってくれない。軍の事務所に行き、調べようとするのだが入れてもらえない。それでここへ行ったらいいと知り合いに教えられて来たらしい。それ以後半年間探し続けていると言う。
  この夫が生きていることを信じたい。たとえもし、その再会がこの内戦の終わった後になろうと彼は生きてどこかにいて欲しい。夫との間にはまだ成人してない子供たちが五人いると言うから、経済的な面でも大黒柱を失って大変だろう。
  そんなことを考えていると、ここの事務員と所長が帰って来た。僕らに挨拶して、セニョーラ達に食事は済ましたのか聞き、どこからか二皿の料理を持って来て渡し、中へ入っていった。セニョーラは今日は何か情報が手に入るかもしれないと、希望とも不安ともとれる表情でつぶやいた。
  トレイシーは早速、受付に行き今年に入ってからの、暗殺による死者の資料をもらえるように手続きしている。そして僕を中の部屋に案内してくれた。そこには夥しい数の写真が壁という壁に貼ってあった。近寄って最初に目についたのは、ある男が乗用車から引き摺り下ろされて殺されたのだろう、その車の横に倒れている血だらけの写真。隣の写真は上半身、自動小銃かピストルで何箇所も打ち抜かれ、その上喉をかき切られてるもの。殴られ続け、倒れれば蹴られ、容赦なく息が絶えるまでそれを繰り返されたのだろう、顔が異常に腫上がり、どす黒く変色した写真。その隣は・・・・・・長く見つめられるものではない。
  目が開いたもの閉じたもの半開きなもの。男性がほとんどだが女性もいる。裸にされたものもある。あきらかに性的暴行を受けたあと殺されたもの、耳や鼻を削がれたもの。表情を歪めたもの、ひきつったもの。多くは後ろ手に縛られ、頭を打ち抜かれたうえ喉を掻き切られている。ただ見せしめのためか、逆らう者を脅えさせるためか、殺す側が楽しんでやったとしか思えないものもある。
  あまりに多すぎて、失礼な表現だが似たような死体達、無念が放たれる全ての死体。だが、一人一人違う半生、生い立ちが、反政府活動に入った理由があるだろう。組織のリーダーやメンバー、一般市民、あるいは勘違いで殺された者。一つ一つに帰属するそれぞれ別の家族がある。なら似たような死体などないではないか。この事務所で働く者は一体一体と、その家族を結びつけなければならない。
  たった一面の壁を見て逃げ出したいのに、他に三面あり別の部屋にもあり、それでも収まりきれないから、死体のアルバムが何冊も積まれてある。出ようとしてドアに目がとまった。そこに貼ってある一連の写真には、教会での葬儀と、その棺を担いで抗議のデモをする人々が写っていた。誰のだろうと見ていると、ボランティアらしいセニョーラが、ここの創設者八人の中の最後の生き残りだった前所長のエルベルト・アナヤ氏が、二年前暗殺された時の葬儀だという。僕は思いだした。セルヒオが大学構内を案内してくれた時、視聴覚室か講堂に付けられてた名前はこの人のだったのだ。
  ふと、その下に、一枚のたぶん田舎で撮られたのだろう、屋外の簡素な牢獄と言うか、家畜用のような檻に入れられている農民風の男と、その鉄格子のそばで、まだ幼い粗末な服を着た娘であろう二人の幼い女の子が、裸足で指をくわえてたたずんでる写真を見つけた。その娘達には、父親が捕らえられてるという状況さえ判ってないのかもしれない。
  僕はその時初めて、こみ上げてくるものを感じた。大量の死体で金縛りにあっていた感情が息をし始めたのか、我慢出来ずに事務所を飛び出し、外の道路まで来て嗚咽してしまった。情けないが急いで涙を拭いて隠す。トレイシーがもらった資料を持って出てきた。
「なんだ、ここにいたの、もう見るに耐えないんでしょう」
  僕は無視してもう一度中庭に入り、セニョーラ達に別れを告げ、スエルテ(幸運を)と付け加えた。トレイシーと参謀本部に急ぐ間、あのスエルテという言葉が不適切でなかったかと悩み、そしてあの幼い女の子達を想っていた。あの事務所がまもなくスタートするクリスティアーニ新政権になると、潰されるかもしれないという。僕は何故か、この国にもう少し居たいと思った。トレイシーにもその旨を伝えた。参謀本部に着くと、トレイシーはまじめな顔をして、
「いい、これから私達は役者になるのよ、とっても嘘つきになるの、いいわね」
と言い、それから笑い出したのだった。
  だが、この日はほとんど門前払いであった。というのも必要なものは何も用意されてなく、僕が緊張しながら差し出した、運転免許証ならぬ記者証には、一目くれただけであった。

 

               5

 

公園でレイナと待ち合わせた。少し遅れて小走りにやって来た。アメリカのビザの件で知り合いにさっそく電話してみたが、ちゃんとした会社に勤めてて、収入を証明出来ないと無理なんですって、とすっかり諦めている。僕は、コネでもあるのかと思っていた店の客とやらの、その当たり前な返事に、おそらくそいつもずいぶん適当な奴だろうと呆れる。僕らはそんなに大きくない公園の中の落ち着いて話せるベンチを選んで座った。
「もういいの、ねえ、それよりあなたが行った他の国の話をして」
  僕が行った国の名をあげていくと彼女は驚いて
「どうしてそんな旅行が出来るの!あなたは日本の金持なの?」
と聞かれる。
「そうじゃないよ、日本でもアメリカでもメキシコでも働いてたんだ」
  日本の通貨が今とても強くて、日本に居れば物価が高くてちっとも裕福に暮せないんだけど、先進国以外の国を旅行するには都合がいいこと、そしてほとんどの国でビザを取る必要がないことを説明した。それからレイナに行った国の様子や出来ごと、印象に残った事など話した。
「ここで一生働いても私、隣のグァテマラさえ行けるかしら」
と、ため息まじりに言うのを聞いて、何だか申し訳なくなる。レイナはちょっとの間、何か考え込んでいると思ったら
「ねえ、それじゃあ、あなたが行った国で私みたいな女がいたかしら」
と突然聞かれた。彼女に似た風貌ということだろうか?
「自分の赤ちゃんにも会うことも出来ない、そんなみじめなバカな女が」
  僕はすぐには言葉が出てこない。
「正直言って・・・・・・僕はそんな女性と知り合ったことは無いけど、同じような境遇の人はいると思う。特に貧しいラテンアメリカには君のような女の人は多いと思うな。他の国はまだよく知らないんだ。でもレイナ、それは君がみじめでバカなことにはならないよ」
  僕は続けた。
「僕は日本から逃げ出すようにして、いろんな国を知ったけどそれだけ。だけど君は嵐のような現実にちゃんと向かい合って、その小さな体で受け止めている。そして一生懸命生きてる。それはぶらぶらよその国をほっつき歩いてる、僕みたいな人間よりよっぽど・・・・・・」
  巧く言えないが、何とか慰めてあげたい。
「レイナ、いつも悲しんでばかりじゃだめだよ、世の中には実際楽しいことも沢山あるしね、例えば僕がレイナと出会ったことだって、とても嬉しいことだし・・・・・・」
  辺りが暗くなってきたのを照れ隠しにして言った。すると彼女は
「まあ、私のような女とでも出会ったことが、嬉しいですって、私なんて何の価値もないのに」
と言う。
「本当のことだよ、それに貧しいから、今が幸せじゃないからって、これからもずっと不幸が続くわけない。それにね、人は一番苦しい時に一番大事な事に気付き、幸せで一番輝いてる時に、一番大事なものを失くすって言う人もいるよ」
「ねえ、知ってる?まだ昨日会ったばかりなのに、私にはあなたがとても良い人だって判るの」
「そんなことはないけど・・・・・・」
  レイナが少し元気になったように見えるのが嬉しかった。
「ううん、私そういうことだったら他の人より判るの、だから否定しないで、ほらまた、次は許さないから」
  それからも旅してきた中での失敗談や今だから笑える話をして、彼女はよく笑った。すっかり暗くなったので送って行こうとすると
「ダメダメ、あなたはもう帰らなくちゃ、外国人には危険よ、私は慣れてるから平気、ここでお別れしましょ、私の方がずっと近いんだから。また明日会えるわよね、きっとよ」
  彼女が公園の前の大通りの反対側の角を曲がるのを見届けてから、ゆっくり帰っていると雨粒が落ちてきて、あっという間に身動きのとれないスコールになった。あと少しなのに雨宿りをするしかない、レイナは間に合っただろうか。

                     つづく

Chiste (Joke) 自己犠牲

飛行機に英国のキャサリン妃とローマ法王とミスタートランプと、小学生が乗っていた。そしたら飛行機は揺れだして、墜落しそう。だがパラシュートは3つしかない。
まずキャサリン妃が
「私はレディーファーストの国の王女だから、最初に避難するのが当然だわ」
と云って脱出した。
その次にミスター トランプが
「私は偉大なアメリカ合衆国の大統領で私がいなければ世界の秩序は崩壊し大変なことになるだろう。私がたすかることは世界を救うことなのだ」
と云って脱出した。
あとパラシュートはひとつしかない。すると小学生が泣き出した。ローマ法王が子どもをなだめる。
坊や泣かなくてもいいんだよ、私はもう 老人で神様のところにいくから、最後のパラシュートをつけてあげるよ。
でも小学生は泣き止まない。そして困りはてた法王に云った。
「そうじゃないんだよ、パラシュートならあるよ、僕が悲しいのはさっきトランプのおじさんが僕のランドセルしょって飛び降りたことなんだよ、せっかく宿題やったのに!」

2017年5月1日月曜日

Cusco al lago Titicaca クスコからティティカカ湖へ

 







クスコからティティカカ湖のペルー側の町プーノへ、五千数百メートル級の背後に大アマゾンを抱える山々を横に観ながらたどり着いて宿をとると、雷から雨とひょうに見舞われる。
翌朝曇りから晴れて、葦を敷き詰めた浮島ウロス島と45キロ沖のタキーレ島に。琵琶湖の12倍、最大水深281メートル、富士山より高いティティカカ湖、圧倒されます。島の高台を歩き回ったせいか夜はまた頭痛(高山病)。
  チチカカ湖 1日周遊券 28ドル

2017年4月26日水曜日

La Paz, Bolivia ラパス ボリビア



ボリビアのラパス、ここまで来たかったのはエボ モラレスというリベラルな大統領を選んだ国民とボリビア政府のその後の状況を視てみたかったから。インフラに注ぐ投資はおそらく中南米でもずば抜けてるだろう。貧困層の多いラパス高地地域への空中ケーブルの設置や道路、公共施設の整備など改良への息吹きが感じられて気持ちいい。、
Queria venir a Bolivia porque escogio al presidente mas popular de latinoamerica, Evo Morales, y veo que esta invirtiendo mucho en infraestructura, en los rios, las calles, escuelas, vivienda, transporte, telefericos para la gente que vive en las zonas altas marginadas de La Paz. El esfuerzo del gobierno de bolivia esta en la mira de los otros paises de latinoamerica.
Me da gusto que el gobierno boliviano y su pueblo esten luchando.
質素な生活、貧困層、また他のラテンアメリカの若者からの人気、だが10年を超える長期政権が気になる。

2017年4月22日土曜日

Cusco a Machu picchu クスコからマチュピチュへ




クスコからガードレールのない谷の道を6 時間、そこからインカ鉄道の線路を2 時間半、麓の村に。クスコから1000メートルほど低く空気も濃くて快い。
翌早朝霧の中歩き、登り口から石段を一時間半、憧れのマチュピチュに。ケチュア語でマチュは老い、ピチュは山、隣にそびえる山ワイナピチュは若い山。空中都市とか失われた都市と云われる聖なる都です。侵略者スペイン人の蛮行の知らせをうけ、この美しい神々の都をすて住人はアマゾンの密林に移っていったといわれている。

30年ほど前、ペルーに来たとき貧乏旅行、駆け足素通りで、いつかここへはリッチに旅するんだと思ってました。でも御覧のとおり、来た道をまた徒歩と乗り合いバスでクスコに戻ります。娘にはいい体験。
クスコ ペンション八幡 6ドル、乗り合いバス往復、ホテル2泊 夕食1回 朝食2回 マチュピチュ入場料 ガイド(スペイン語、英語選択) 込み、100ドル 学生2割り引き80ドル 地元の旅行社で、



2017年4月15日土曜日

Chiste (Joke) 勇気あるカミングアウト

ニューヨークの高級バーでMr.トランプが飲んでいた。飲みながら,いかにアメリカを偉大な国家にするか真剣に考えていた。まわりを見回すとおとこ同士で盛り上がってるホモセクシャルのカップルが何組かいた。そこへ彼を熱烈に支持する紳士がやってきて
「大統領、あなたに期待してます。どうかこの国を正常な国家に戻して下さい、さもなくばこの国は同性愛者ばかりになってしまいます」
トランプは同感だとうなずいた。
カウンターのとなりに美しい女が座った。トランプはさっそく声をかけた。
「ハーイ御婦人、一人かい?よかったら一杯おごらせてくれないか。大統領になったトランプだ、不動産王でもあるが。で、あなたは?」
「私かい?私はレズビアンだよ、朝から晩まで女のことばかり考えてるのさ。あー、女はいいよ、女、女は最高だわ!」
そう言って、カウンターの端に 座ったばかりの女の方へ移動していった。
トランプはグラスを持ったまま唖然としてしまった。するとさっきの紳士が
「まったくけしからん、大統領閣下、お願いです、あいつらホモだのレズビアンどもをのさばらせないで下さい。我が国が偉大な国家であり続けるために!そうでしょう閣下?!」
トランプは考え込んでしまった。不思議に思って、どうかしましたかとたずねる紳士にトランプはつぶやいた。
「んーん、私も今までそう思っていたんだが、、、ついさっき気が付いたんだ。実は、、、実は私は、自分がレズビアンだったってことにな」

2017年4月9日日曜日

Me perdi en el Eden フィクションとノンフィクションの境界を越えて


一九九二年一月アルフレド・クリスティアーニ大統領とFMLN(ファラブンド・マルティ民族解放戦線)は国連の仲介により、メキシコシティにて和平協定を結ぶ。同時に設置された国連真相究明委員会のその後の調査報告によると、人権侵害の五%はFMLN側が行ったものであり、レーガン政権、ネオコンが認めなかった一方の九〇%はエルサルバドル軍、死の部隊が行ったとしている。残りの五%については実行者が不明である。死者七五〇〇〇人以上、行方不明者一二〇〇〇人。
二八年たって世界は進化したのだろうか。科学、技術は蓄積を足場に着実に進歩したのに、人類の営みは時に逆行している様にもみえる。グローバリズムと新自由主義経済に酔う政治、経済のトップたち。富む者と貧しい人々の格差は少しは縮まっただろうか。戦争、内戦、テロリズムは消えたか? エルサルバドル一国をみても内戦は終わったが新たな国家暴力、マラスの麻薬戦争が荒狂う。
 一九八九年という年を振り返ると、ソ連のアフガニスタン撤退、天安門事件、ポーランド連帯勝利、ルーマニア独裁政権崩壊、ベルリンの壁撤去、米ソ首脳会談など、二〇世紀の世界史の大転換を示す出来事が連続して起きたことに驚く。あの年、新しい文明の到来をわくわくしながら夢見た人たちがいるに違いない。そして日本では昭和から平成へバブル景気に沸いていた。
そんな時、“僕”は地球の反対側の四国ほどの小さな国にたどり着いたのだった。アメリカ合衆国、メキシコ、グァテマラと経済規模の縮小を見ながら南下し、たどり着いたところは、経済は破綻し国土は戦場と化すエルサルバドル・・・




             迷い込んだエデン 一九八九

        仲矢 太三郎

 

             1
 


 一泊一ドルをきるこの安ホテルの、水しか出ないシャワーを浴びて、屋上へ上がる。夜の闇にバズーカの火が尾を引き、自動小銃の音がパキパキとこだまして花火を観てるようだ。早々にこの国を出よう。 やはりここには立ち寄るべきではなかった。ラスベガスからなけなしの金でメキシコに辿り着き、日系の観光会社でガイドの仕事をし、スペイン語も上達した。半年働いて、なんとか南米を廻ってブラジルまで行けるぐらいの資金を貯めた。
  メキシコ人の友人を通じて知り合った、この国の亡命者から立ち寄らない方がいい、と忠告はされていた。だいたい僕は人の意見を聞かないところがあり、いつもそれで失敗を繰り返す。そして今、中米エル・サルバドルの首都サン・サルバドルのセントロ(ダウンタウン)の格安ホテルにいる。
  ここへ着いて数日セントロをぶらぶら歩いて、腹が減ると路上の屋台や、安食堂の飯を食ってるせいか、お腹の調子もあまり良くない。メキシコで読んだガイドブックには、不衛生なところで食事をすると、熱帯だけに日本ではもう聞かなくなったA型肝炎などの病気にかかるケースもあり、要注意と書いていた。
  翌日、少し別な場所へと決めて、国立エル・サルバドル大学まで行ってみた。ここには軍の兵士もいないだろうと思ったら、全ての門で自動小銃を肩に掛けた兵士が、出入りする学生のバッグや身体チェックをしていた。せっかくここまで迷いながら辿り着いて、引き返すのも悔しい。怪しいものは持ってないし、サングラスをかけて入り口に並んだ。
  チェックを受け校内を歩き、学生にどこか座ってコーヒーでも飲めるところがあるか聞くと、心理学部の近くの広場に連れて行ってくれた。キオスクを取り巻いて座れる場所があり、賑わっていた。コーヒーを注文して周囲の建物の壁に描かれている文句を訳していると、隣にいたに挨拶され、どこから来たんだい?と聞かれ話しこんだ。ラテンの国はすぐ友達ができ、あまり寂しい思いはしない。働きながら通ってるという、学生にしては少し年のいったセルヒオは親切にも構内を案内してくれるという。
  大学の建物の壁という壁には、民主化要求のスローガンや、FMLN(ファラブンド・マルティ・民族解放戦線)の頭文字が書かれている。暗殺された反体制派の指導者、神父、作家、学長などの肖像も描かれていて、彼がひとり一人について説明してくれる。そしてそれぞれの講堂には、民主化運動の道半ばで殺されたリーダーたちの名がつけられていた。ずいぶん物騒な国に来たものだ。中産階級のいるのどかな場所だと思って来てみた国立大学にしてからこうなのだから、やはり出国は早めた方がいい。そんなことを思いながら、構内にあった書店を兼ねた文具店で、セルヒオが勧めてくれた暗殺されたエルサルバドル人の詩人の本と、ギリシャ神話の知の女神アテネが表紙のノートを買い、またキオスクに戻りコーヒーを二つ注文した。しばらく話をしてセルヒオに礼を言い、暗くなる前に早々に帰ろうとしたら隣接する広場が活気づいてきた。集会でも始まろうとしているのだろうか。
  セルヒオがついさっきまでの真面目な顔付はどこへやら、何故かうきうきしながら言う。
「君はまったくついてるねぇ、これから新入生歓迎のフィエスタ(パーティー〉があるんだ。それに門を出るのはみんなと一緒の方がいい」
  そしてどこかから白い紙を持ってきて、一応用心のためと僕の買った本の表紙をカバーしてくれた。
  チェ・ゲバラの壁画の前にちょっとした舞台が出来上がって、そこへ実行委員代表が上がり挨拶した後フィエスタが始まった。農民や職工たちが搾取に抗議して弾圧され、最後に武器を取るまでの短い無声劇が演じられた。だが最後のシーンで主人公は叫ぶ、“ビバ ルーチャ アルマーダ!”“武装闘争 万歳!”それに観衆も呼応する。“ビバ!”兵士たちは門から中には入って来ないけど、頭のすぐ上を軍のヘリがバタバタと旋回している。こんなこと叫んで大丈夫なのだろうかと心配になってくる。パーティーという甘い言葉に惑わされて居残ったことを後悔しだした。
  “俺たちは軍の包囲なしで学びたいのだ!”とシュピレヒコールがあがる。どうも僕は早々に引きあげた方が良さようだ。そう思うと同時にだれも帰ろうとしないので、兵士たちが検閲している門を一人で通りたくないなと逡巡していると、音楽が流され、みんなもそれに合わせて歌いだした。それから使い捨ての紙コップに簡単な料理とジュースが配られ、隣にいたオスカルという青年が僕の分も持ってきてくれた。さらにサルサがかかりみんなカップルになって踊りだす。セルヒオはもう相手をみつけて踊っている。辺りは暗くなってきた。こうなるともう最後までいて楽しむ方がいいに決まっている。ラテンの気安さか、オスカルはセントロだったら同じ方角だから一緒に帰ろうと言ってくれた。彼はここの何人かの学生に英語を教えたり、アメリカやオーストラリアの記者にスペイン語を教えたりしてわずかな収入を得ているらしい。

 

              2

 

仕事を辞めて日本を出てからあちこち回り、アメリカで金が底をつくとニューヨークで引越し屋や、日系企業の雑用の仕事をして、週末バスで二時間半ほどのアトランティックシティーに通い、ギャンブルをやる。そんな自堕落な生活をしているうち、僕はカードゲームに魅せられのめり込んでいった。貯めた金でラスベガスに行き、プロのギャンブラーを目指した。
  カジノでよく会うメキシコ人やアラブ人の、小銭を稼ぐ自称ギャンブラー達とも仲良くなり、彼らから教わったものと、自分なりに積み重ねた必勝テクニックと勝負勘で、起伏はあったものの順調に資金を増やしていた。しまいにはカジノホテル側から部屋を与えられて、一定時間カードプレイさえすれば、宿泊代もホテル内のレストランもフリーのVIP待遇になる。
  一緒に安宿をシェアしていた友人達からは、小刻みな勝ち逃げがやりにくくなるからと反対されたのだが、僕はもう小銭稼ぎもファーストフードにも飽きていた。負ける気がしなかったし、少しずつ張る額も増やしていく。二五ドル賭ければ五〇ドルになり、一〇〇ドル張れば二〇〇ドルになる。そしていつか大きな勝負がしたかった。
  豪華なカジノホテルに二ヶ月以上もフリーで滞在し、そうそうせこいギャンブルも出来ない。勝ち負けを繰り返しながら、一度どこかで区切りを付けたくなっていた。ホテルで毎夜繰りひろげられる、世界最高レベルのショーにはトンと興味なく、ただ旅に出たくなったせいもある。
  ここ二週間ほど資金の伸びは止まり、むしろ僅かながら右肩下がりになっていた。目標額まではまだ届いていない。
  大勝負を次の日に定め、みんなを高級日本食レストランに招待した。友人達と笑顔で飲み食いしてるあいだも、何故か長老のアリだけは静かだった。楽しんでる他の仲間との会話から外れ、アリと目が合うと彼は僕に忠告した。
「いいか、ふとし、可能性が半分、勝てば賭け金が倍になるギャンブルほど恐いものはない。倍々方式でやっても逆が十数回続く時だってあるんだ。もしも悪魔がテーブルに降りたと感じたら、すぐにそこを離れろ。それが出来なきゃ、掛け金を思いっきり下げて流れを待つんだ。忘れるな」
  この数十年ギャンブルと共に生きてきた初老のアリを、僕は一番好きだったし、お手本にしてきた。だが稼ぎ頭になって華やかなホテルの生活を送るようになった今、彼の、生活はできているが、質素で大金と縁のない姿と、自分のギャンブラー像をダブらせたくなかったのだった。
「決して無理をするな。資金さえ残せば、勝負はまたいつでも出来る。決して全てをつぎ込むような愚はおかすな。熱くならず、いつも氷のようなギャンブラーでいろ」
  ・・・・・・悪いがアリ、俺が目指してるのはあんたのようなギャンブラーじゃないんだ、と聞き流した。
  次の日早朝、僕はまだ誰も座ってない、一般のプレーヤーを排除したハイビットルームに、買っておいた新しい服を着て一人入って行った。

 

               3

 

地方都市に取材旅行に行ってる数日、オーストラリアのフリーの記者、トレイシーから留守番を頼まれたアパートにやって来た。キッチンもあるので快適だ。市場で買ってきた材料で久しぶりに自炊して腹一杯になると、そのあとコーヒーが飲みたい。
  エル・サルバドルの一般的なコーヒーの淹れ方は、湯を沸かし、沸いたらそこへ豆を挽いた粉を入れ、かき回して火を止め蓋をする。そして粉が全部しずんだらその上澄みを飲む。これがなかなか美味い。窓を開け広げて風通しを良くしても、僕のホテルと違いここは静かでくつろげる。あと一週間もいたらこの国を出てさらに南に行こう。これからの旅を想うと、心はもうここを離れ見知らぬ国の大地を駆け巡るのだった。
  けたたましいチャイムが鳴って僕は我にかえった、もう外は暗くなりかけている。誰だろう?
  ドアを開けると、そこにはまだあか抜けしない若い女が立っていた。以前トレイシーとここの部屋をシェアしていたという、カルロスの友人で彼を訪ねて来たのだという。彼はもうここには帰ってなくて、またアメリカ合衆国に仕事をしに戻るって言ってたらしいと伝えるが、少々気落ちしたようでなかなか帰ろうとしない。こっちもそれじゃあ!と言ってドアを閉められない。淹れたばかりのコーヒーの香りがドアまで漂ってくるので、よかったらコーヒーでも飲んでいくかと言うと、嬉しそうに頷くので中へ入れてあげた。女の子とお茶しながら話をするのだからまんざら迷惑でもない。
「カルロスがアメリカに行くことは知らなかったの?」
「行くのは聞いてたけどもっと先だって言ってたから、彼が友達と、私が下宿の大家の店を手伝ってるとき来て、私がアメリカに行きたいことを知ると、連れて行ってやってもいいって言うから・・・・・・」
「どうかしたの、もしかして何かだまされたの?」
「ううん、何でもない、もういいの。あっ私、レイナ、レイナ・エリザベスって言うの、よろしくね。あなたは?」
  レイナはスペイン語で女王、エリザベス女王。
「ふとしと言うんだ、よろしく、君は女王様だね」
  僕は年を聞かれたので二九歳と言うと驚いて、子供は何人と聞かれ、まだ結婚してないと答えると不思議そうに見ている。ここでは僕の年では結婚してなくても子供がいても普通なのだろう。日本のことはテレビや雑誌かなんかで見て、中国や韓国と混同しながらもちょっとだけ知ってていろいろ聞かれ、話をして大分打ち解けたあと彼女は自分の身の上を話し出した。
  男の子が一人いて今サンタ・アナ市の親元にいること、でもその子には会うことが出来ない。どうしてと聞くと、悲しそうに、その子を身ごもったとき恋人は自分を捨て、どこかへ行ってしまった。もともとその男との交際を嫌ってた父親はとても怒り、出産後勘当されてしまった。その後赤ちゃんには、なかなか会わせてもらえない、もう四ヶ月会っていないと言う。
  なんとか父親と和解し、信用を取り戻すために仕送りしたいから首都に来たのだが、自分が暮らすのがやっとだと言う。家具を作る工場で、朝八時から夕方六時まで、週六日働いていて、昼食は付いているが給料一八〇コロン(三五ドルほど)、それに大家の店も時々遅くまで手伝う。彼女の話とその顔を比べて何歳ぐらいなのだろうと思い、年を聞くと十八と言う。僕は驚いたがそういえばまだ子供っぽいところがある。日本では友達とあんみつでも食ってる年頃だ。彼女を取り巻く状況は厳しいが彼女なりに懸命にがんばっている。自分の十八の頃を思うといかに恵まれていたことだろう。
  部屋の空気が重くなる、もう遅いので送っていくことにした。歩きながらレイナが言う。
「私、アメリカに行って仕事したいの、この国をを出たい」
「でも君にはここに子供と家族がいるじゃないか、きっと後で後悔するよ」
「もちろん永住じゃなくて、何年か働いて子供に仕送りして、お父さんにも仕事につかう車を買ってあげたいの、この国で休みなしに働いたって貯金も出来ない。私のような女にはここではチャンスなんてないのよ」
  でもアメリカに入国するのは簡単じゃないよ、国境から南の人々には厳しく入国制限しているからね。コヨーテ(不法入国斡旋業者)に頼んで不法に行くにしても、けっこう金がかかるし、彼らにだまされたりする。国境でアメリカの警備隊に撃たれたり、トラックの荷台に詰め込まれて脱水症や窒息で亡くなる人も多いんだ。一番危険なのは不法入国者を狙う強盗団だよ。襲われてすべて奪い取られ、若い女は人身売買されるともいう。もう多くの人が命を落としてる。僕がアメリカやここで知り合った人からも、家族の中にそういう被害者がいることを聞かされたんだ」
「そのことは私も聞いたことあるわ。だから今ね、お店のお客さんの知り合いでアメリカ大使館に出入りしている人がいるからって、頼んでくれてるの」
「その方がいい。だけどうまくいくといいね」
「着いたわ、ここでいいわよ。私、あの店の奥に下宿してるの。それじゃあ、ありがとう。今日はいい日ね。楽しかったわ」
「僕もだよ、さようなら」
  帰りかけた僕を止めて彼女は言った。
「ねえ、明日も会えない?明日はすこし早く仕事あがれるから」


                                           つづく