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2017年5月6日土曜日

Me perdi en el Eden



              9

 

 夕方いつもの待ち合わせ時間に公園に行くと、十分ほど遅れてレイナはやって来た。汗のにおいがする。シャワーを浴びる暇もなかったのだろう。今日は公園内を、肩に自動小銃をかけた軍の兵士がうろついている。レイナの表情は明るく、早速今日の報告をする。
「ありがとう、昨日の件はあなたのおかげで片がついたわ。本当にありがとう、次の給料日には必ず返すから」
「無理しなくてもいいよ、この前聞いた給料じゃ暮らしも大変だろうから。どういうふうに使ってるの?」
「部屋代六〇コロン(約一〇ドル)、食費が一〇〇コロンでほとんど残らない、でも大家のおばさんの店を時々手伝っていくらか貰ってるから」
「僕に返せば何も残らないじゃないか」
  僕にとってはわずかな金で返さなくてもいいと思った。最低賃金が法律で定められていても、失業率が高いのをいいことに守らない経営者は多いらしい。
「食べていくのがやっとで、赤ちゃんに仕送りなんてまだ一度も出来ないわ」
「レイナ、もっと収入のいい仕事があるんじゃないの、仕事を変える気はないの」
「そりゃあ、例えば事務の仕事ならもっと給料はいいけど、私は小学校もまともに行けなかったから働けないわ」
「でも店員だってウエイトレスだって、今の仕事よりいいんじゃないの?」
「以前セントロの靴屋で働いていたの。でも給料は少しよくても今の工場のように昼食が付いていないから。そしてウエイトレスの仕事は、食事もあるけど嫌なの」
「どうして?」
「それはね、客の男たちは食堂なんかで働く女をちっとも人間らしく扱わないの、お酒が入るとすぐ体を触ってきたりするのよ。いまは生活が苦しいから夜時々お店を手伝っているけど、早く止めたいわ」
  レイナはすこしの間、黙っていたがまた話だした。
「私、夢があるの。何とかしてお金を貯めて・・・・・・ねえ笑わないで聞いてくれる?私、職業学校に行きたいの」
「バカだなあ、笑うわけないだろ」
「私が生まれたサンタ・アナの父が借りてた家の近くに美容室が一軒あったのね。私は暇をみつけてはそこへ行って、お姉さん達が魔術師のようにお客さんの髪を切ったり整えたりするのを見ていたの。そして、お客さんが見違えるようになって、気持ちよさそうにお店から出てくるのを見て、私、大人になったら絶対にお姉さん達みたいになるんだって!・・・・・・小さい時からの私の夢だったの」
「レイナ!素敵なことだよ、夢なんかじゃない。きっとその仕事に就けるよ」
「さあ、今度はあなたの番よ、あなたの夢を聞かせて」
 僕は思いもしなかった問いかけに困ってしまった。いい年こいて、夢などなかったのだ。いやあった・・・・・・。ラスベガスでギャンブル漬けの日々が思い出される。必ず必勝法を見つけ出し、知る人ぞ知るギャンブラーになること。そしてその金でリッチな旅をして暮らし、世界中のカジノを渡り、また旅を続ける。親が知れば張り倒されそうな僕の夢は、ここだと思ったあの日の大勝負で、有効だと信じきっていたテクニックは機能せず、逆目にきて瓦壊した。思い出したくもなかったし、そんなこと話せるわけがない。レイナのすばらしい夢の話を汚してしまうだけだ。
「僕のはそのうち話すよ、それより美容師になる話、もっと聞かせて」
「ありがとう、あなたと出会ったから諦めかけてたことがまた甦ったの」
「その職業学校、絶対に行くんだよ、いつからなの?」
「再来週からだけど、今回は間に合わなくてもいいの、六カ月後にまた受付あるから、まずお金を貯めなきゃ」
「費用はいくらかかるの?」
「市が後押ししてるから思ったより安いの、申し込み金が五〇コロンで、週二回で五ヶ月二五〇コロンよ」
「レイナ、さっき僕の夢は何かって聞いたよね」
「聞きたいわ!」
「僕は末っ子でずっと妹が欲しかったんだ。レイナみたいな働き者の妹がいたらいいなと思って。だから・・・・・・僕にその費用出させてくれないかなあ。ふざけた話だけど日本人の僕には大した額じゃないんだ。もし嫌だって言うんだったら貸すから後で返してくれたらいいから」
  彼女はちょっと驚いたようにこっちを見た。
「それともこんな怠け者の兄貴じゃ嫌かい?」
「うれしい、うれしいけどあなたは旅行者だからお金は持ってなきゃいけないわ、それに私は・・・・・・妹なんか嫌よ」
  僕は真剣な表情で見つめられておたおたした。キラキラする大きな目とふっくらした唇がすぐ近くにあった。

 

               ⒑

 

 朝八時からはじまるというから、トレイシーのアパートに急いだ。アメリカ人のフリーランスのトーマスも来ていて、今日はバスがストなのでわずかしか走っておらず、三人でタクシーを割り勘して行くことになった。トーマスは朝の四時までドリスの家で飲んでいたと言う。三人で市の南にある国際見本市会場に着いたときは、とっくに八時をまわっていたが、式典はまだ始まっていなかった。会場前の広場には、すごい数の兵士が警備にあたっていて、式につめかけた招待客、参加者が長い列を作っている。その連中を僕は最初、外国から来た参列者かと思っていたが、どうもこの国の上流階級のようだ。一流のスーツや礼服、ドレスを着た白い肌、金髪の目立つ人々。
 この日のためにわざわざ帰国した人々が少なくないという。エル・サルバドルの農場主やコーヒー農園主、企業主はアメリカ合衆国のマイアミなどに住み、そこから自分の財産とビジネスを経営、管理しているという。僕らはその列を横切って中へ入ろうとしたが、すぐに兵士が飛んできて広場の一角に連れて行かれ、他の記者たちがしているように、バッグを開けて手荷物を地べたに陳列するように言われた。見れば危険物などないのは一目瞭然なのにそれだけでは終わらない。やたらでかいシェパードを連れてきて、コンクリートの床に並んだバッグやカメラの間を歩ませる。犬はクンクンと匂いを嗅ぎながらすいすいと進んでいく。
 ここに来るにあたって、きちんとした服など一枚も持ってない僕は、比較的こぎれいなYシャツと、二本しかないが破れてない方のジーンズという格好で来たのだが、一つしかないリュックサックは洗濯することなどなく、他の記者たちの物と比べても場違いな感じがするし、カメラさえ持っていないのもおかしい。まあ、すぐに終わるだろうと思っていたら、ピタッと僕のリュックサックのところで犬が止まった。
  そして中身はすべて出しているにもかかわらず、僕のリュックサックをしつこく嗅ぎ始め、まるでご無沙汰のメスの匂いにでもでく合わせたかのように恍惚としている。終いにはそのでかい頭をナップサックのなかに突っ込み、職務さえ忘れてしまったようだ。犬係の兵士も困ったみたいで、力いっぱい引っ張るも犬は負けじと踏ん張り、未練がましく動こうとせず、これまでのエリート犬という肩書きかなぐり捨てて、愛に生きようとするかのようだ。何か特別な匂いが醸造されているのだろうか?そういえば僕はいつもパンやチーズ、ハムなどこのサックの中に入れて持ち歩き、旅の間エンゲル係数と格闘していたのであった。
  どうにか兵士二人がかりでこの馬鹿犬を引き離し、念のためサックを逆さにして中を確認するも、こぼれ落ちるのはパンくずのみであった。エリート軍用犬どころか、この犬は僕と同じ落ちこぼれの犬だったのであろうかと思うと、可愛くもあり、引きずられていく姿は哀れでもあった。やっとここをパスし、外階段二階の踊り場でもう一度チェックを受けて中に入れた。そこは二階といっても手すりの付いた通路がぐるっと回った吹き抜けで、一階が見下ろせるようになっていた。一階にはたくさんの椅子が並んであって、上流階級の人々が続々と入場している。僕も早く席を取らねばと一階に下りようとすると、一階は特別な方々と招待客だけだ、と兵士に止められた。
 二階から見る光景は、ヨーロッパ貴族の舞踏会か結婚式でも始まるかのようだ。ほとんどが白人だ。セントロでこんな連中に会うことはまずない。生活圏が完全に分かれているからだろう。後部座席にわずかに褐色の人達がいるだけだ。そして会場を警備している兵士達もほとんど褐色だ。しばらくすると前の列を残してすべての椅子は埋められた。まだクリスティアーニは入場して来ない。いいかげん待たされたので、もったいぶらずに早く来ればいいのにと思っていると、突然大拍手が起こる。みんなの視線の先を見ると、満席の会場の真ん中に開けられた通路を、堀の深い陽に焼けた顔がギラギラする、脂ぎった男が妻子を連れて後部から入場して来た。誰だろう?新聞で見たクリスティアーニとは違う。
「あれがドアブソンよ!(ロベルト・ダビュィソン。エルサルバドルではドアブソンと発音していた)」
  いつの間にかトレイシーが後ろに来ていた。
「彼が極右アレナ(ARENA)(国民共和同盟)の実質的ボス、影の大統領なの。自分自身が 大統領になるはずだったんだけど、エスクアドロネス・デ・ラ・ムエルテ(ESCUADRONES DE LA MUERTE)(死の部隊)を使った暗殺など、余りにも強引なやり方に、アメリカ政府が反対して大統領にはならなかった。つまりクリスティアーニはドアブソンの傀儡みたいなものよ」
「人権委員会の事務所で見た暗殺、殺戮を指揮してる男?」
  トレイシーはその男から目を離さずにうなずいた。するとこの拍手はドアブソンと部下達がやってきた無数の処刑、殺戮に対する、また今後いっそうの継続に対する賛美と言うことになるが。
  彼は正面の一段高いステージに上がり参加者と向かい合って座った。再びの拍手でいよいよ新大統領の登場かと思ったら、アナウンスによると、隣国のグァテマラ(国内にて凄まじい虐殺を行う。当時中南米においてチリ、アルゼンチンの軍事独裁国と共に国際反共連盟の中核をなす。統一教会の文鮮明がスポンサー)、ホンジェラス、コスタリカの大統領や代理のお偉方の入場である。彼らのにこやかな表情からは、自国も似た問題を抱え、あるいはニカラグアという社会主義にひっくり返った国を挟んで、万が一にもエル・サルバドルがひっくり返るような事態にでもなっては、たまったものではないのでしっかりやってくれと励ましに来たのか、それとも単なるお付き合いで、招待状がきたので断るわけにもいかず、用が済んだらこの物騒な国を早く出たいものだと思っているのかはよくわからない。
  その後も、各国の大使館からの招待者が続く。その中でも絶大な拍手に驚かされたのは台湾とイスラエル(アメリカ合衆国は批判をかわすため、イスラエルから大量の兵器を輸出)であった。特に台湾の来賓人数と拍手はズバ抜けていて、拍手だけではおさまらず、途中から手拍子に変わってしまった。中国の圧力で国連で国として認められない台湾を、一貫して指示するエル・サルバドルや中米諸国の立場には僕も賛成だが、軍事政権への経済投資、援助ゆえか、僕の好きな国でもあり少々残念な気もする。
  反対にニカラグアの代表は女性一人の出席であったが、誰一人として拍手しない。しかしそんな雰囲気の中、彼女は背筋をぴんと伸ばし胸を張って歩いていく。その毅然とした態度は、この退屈な儀式の中で唯一感動的なものであった。別にニカラグアに思い入れがあるわけではない。だが、招待状は一応出したがまさか来るとは思わなかった、何しに来たというような視線の中、堂々と闊歩する彼女に僕は二階から拍手したかった。だが、後ろにも横にも自動小銃を持った兵士がいて、つまみ出されるか引っ張って行かれかねないし、取材記者という立場でそれも不自然だろう。
  アメリカ合衆国の最も多い出席者が入場してきた。軍事面のすべての援助を担う国の招待客としては、ドアブソンに気を使っているのか拍手がまばらで思ったより少ない。アレナ党の立役者のドアブソン自らの大統領立候補に待ったをかけ、武器も出すが口も出すうるさい兄貴というか親父のような煙たい存在なのだろうか。最後に最前列の空いた椅子に、カトリックの司教たちとプロテスタントの牧師が一人座り、これで全員揃ったようだ。
  けたたましいラッパが会場内に響き渡り、軍人達が仰々しく銃を捧げ筒する。いよいよ“イブのいちじくの葉“、クリスティアーニ の入場だ。割れんばかりの拍手、大喝采の中を、長身で頭髪の薄い新大統領が、両サイドの出席者からの熱い視線を受けながら正面へ進む。各派の司教達の祝福をうけ、壇上に上がりドアブソンに抱擁で迎えられ、やっと正面中央の椅子に落ち着く。軍人達が足を高々と上げる行進で、ステージのクリスティアーニや閣僚達の横に、銃を下ろして直立不動でおさまった。以後、前大統領ドアルテとのたすきの交換、何やかやあって初心演説が始まった。ドアブソンはそれを満足そうに見つめている。(のちに彼はクリスティアーノを暗殺しようとするが失敗)
 実に長い退屈なスピーチの始まりだった。僕は二階に設置されたスピーカーの間近で演説を聴いていたのだが、うとうとしてしまい、周期的に新大統領が興奮して叫ぶ時、スピーカーが大声を処理する能力を超え、破裂するような音がして目が覚める。その直後、聴衆の大拍手にスピーチが止められ、また退屈な演説が続く。トレイシーがやって来て、やばい、叱られると思ったら
「本当に退屈ね、私ちょっと外に出てくるわ」
と出て行った。見るとトーマスも寝不足と二日酔いであくびばかりしている。僕も集中力などないのだが、それでも同じ言葉が繰り返し出てくることから、大まかな内容は理解できた。
「国民すべてが結集し力を合わせ経済規模を拡大し、友好国の投資を呼び込む。そのためにも新政権は治安の維持に全力を注ぎ、この国のみならず中米地域の安定に貢献し、神の国エル・サルバドルに経済発展と平和を実現させる」
「しかし、それを妨げるコムニスト達(批判、抵抗勢力は一まとめにして、共産主義者、テロリストと呼ぶ)には厳格に対峙し、徹底的にこれを一掃する」
 演説内容はともかく、この儀式はわかりやすくていい。まず金持ちしか来てないからクリスティアーニ新政権が金持ちの利益の代表であること。そして儀式の進行の節目ごとに軍兵の仰々しい動作が入り、会場の内外、至る所に兵士と警官が警戒している。さらにその周囲には有刺鉄線が張り巡らされていて、政府と一般民衆との距離は遠く、その間にも目に見えない有刺鉄線が張り巡らされているかのようだ。
  この日、FMLNはアレナ党の無効選挙、新大統領就任に抗議し、コマンド・ウルバーノ(都市ゲリラ)が送電塔爆破、停電。


                               つづく

Parque de las leyendas ペルー リマの動物園


 







この首都リマの広大な、ラス レジェンダ 公園(動物園)には、アンデスとアマゾン(ペルーの国土の6割はアマゾン)の動物たちがいっぱい!

Me perdi en el Eden


                          

 
 
 二回目の参謀本部での申請も失敗。僕が働いているということになってる“東京ニュース”の書類があるわけなく、オーストリアン紙の現地契約カメラマンという形しかないようだ。一番の問題は何といっても記者証ならぬ運転免許証だ。いくら何でもこのままコピーして提出するにはあまりにもなめている。あとの必要書類はトレイシーにまかせるとして、僕はさっそく彼女のアパートで記者証の細工を始めた。
  一度濃い目にコピーした免許証の、名前、住所、有効期限などは問題ないが、日本語が解かれば明らかに運転免許証とわかる部分を修正液で消し、申し訳のように東京ニュースと定規を使ってゴシック体に書いた。だがどう見てもずれている、こんなもの日本人が見たら、大笑いするだろうと思うと赤面してしまう。またコピー屋に行って十枚ほどコピーして持ち帰り、何度も何度も失敗を重ね、ついにそれらしきものが出来上がった。喜んでそれをコピーしたら、今度は修正液のあとが写ってまた失敗、さらに薄くコピーしてみたら顔写真がぼやけておかしい。そこで修正液の代わりに紙を切って貼ってコピーしてみたが、紙のふちが線になって貼ったのがわかる。
  また修正液に戻る、あまり盛り上がらぬように、一はけで決まったものを三枚ほど残し、それをコピーするがまだ液のあとが写るので少しだけ薄くコピーするしかない。だが顔写真の薄さと文字のそれとのギャップはいかんともし難く、そこで考えたあげくコピーの顔写真の枠を切り取り、そこに免許証の顔の部分を合わせてやってみた。するとしっくりくるのだがやはり写真枠の四角い切り口が影をつくる。
  しかしこれしかないと思った。コピー屋に何度かまた足を運び、終いには店の親父のアドバイスを入れ、二人で作業したあげくついに最高のものが出来た。夜になっていた。親父さんに礼を言い、おつりをチップにあげてひきあげた。トレイシーに見せたら何と言うだろうか?合格するだろうか?もうこれ以上のものは作れない。慣れない作業で疲れ果てた。
  彼女のアパートに戻るとオスカルとケリー、それにトレイシーのエル・サルバドル人の友人、ドリス、グアダルーペが来ていてビールを飲んでいた。おずおずと僕の最高傑作をトレイシーに見てもらうと、彼女は目を丸くして
「ワオ!なんてステキな記者証なんでしょう、これでばっちりよ!」
と感嘆してみんなに見せ、はしゃいでいる。そんな態度がかえって僕を不安にさせるのだった。それからみんなに
「今日ふとしったら参謀本部でそわそわして、落ち着きがないのよ」
「そんなことはないよ、あれは僕の癖で同じ姿勢でいるのが嫌なだけだよ」
「それからもしバレたらどうなるんだろうって聞くから、私はどうもならないわ、日本語わからないから、あなたに私もだまされたって言えばいいもの。でもあなたはおそらく連行されて拷問され、取調べられるかもねって言ったときの彼の顔、みんなに見せてあげたかったわ」
と、それからもさんざん酒の肴にされ、夜も更けおひらきとなったのだった。みんなが帰った後、トレイシーは
「ふとし、あなたが決めることよ、私はどっちでもいいの。モラサンに行くにしてもどっちかと言うと私一人のほうがいいの。山に行くにしても女だと態度も和らいで通してくれるかも。だからあなたが決めればいいのよ、モラサンに行くか行かないかは」
  などと言ってにやついている。今更引けないことはわかっているくせによく言いやがる。なんて狡賢い女なんだろう、そもそも彼女がいろいろ手伝ってほしいからと言ったのだ。

 

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遅くなったがレイナと約束した公園に急いだ。大学の前でバスを待つが都市ゲリラのバス放火が続き本数の減ったセントロ行きは、来るバス来るバス満杯で昇降口にも人がぶら下がっている。何本かやり過ごしやっと乗れたと思ったら、街は軍の警戒もあってすごい混雑ですっかり遅くなってしまった。
  僕は公園に向かわず直接彼女の下宿に向かうことにした。ちょっと気がひけたが店の前まで来ると道路に面した、食堂兼安酒場といった店内の、まだ客のいないテーブルに独りポツンとレイナが座っていた。
「遅くなってごめん」
  店に入って行った僕に気付くと彼女は一瞬驚いたように、下を向いてしまった。そばに座ってまた謝ってもよそよそしい。怒っているのか?いや、どこか怯えているようにも見える。何も注文しないのも悪いと思ったので、コーヒーを頼むとないと言うのでビールにする。
「レイナ何か飲む?」
「私はいいわ」
「どうしたの、元気がないね、僕のせいかな?」
「そうじゃないの・・・・・・実はね今日仕事中、商品を落として壊してしまったの」
「それでどうするの?」
「上司が怒って一〇〇コロン払って弁償しなければ、たぶん会社を追い出されてしまうかもしれない、あいつ、前からいつも嫌なことばかり言ってくるの」
 それはセクハラのことかもしれない。それでどうするんだと聞いても答えはないだろう。
なんとかしてあげたい。そうだ、手元には昨日ブラックマーケットで替えたばかりで、ま
だ九〇コロンほどある。レイナに今いくら持ってるか聞くと二五コロンあると言う。僕は
まわりに見られぬように八〇コロン出して彼女に渡した。レイナはそれに目を落とし
「えっ、本当に・・・・・・いいの」
と、やっときれいな瞳を輝かせた。
「給料日には必ず返すから」
と、いつの間にか店にいた二人の女性達には見られぬように、お金をポケットにしまった。
「いつだってかまわないよ、気にしないで、もう帰るから今夜はゆっくりお休み」
と言って勘定して店を出る、彼女もここでは気まずそうだ。
「明日も六時に公園で待ってて、,明日遅れたら許さないから・・・・・・ありがとう」
 店を出て歩きながら振り返ると、レイナがまだこっちを見ていて手を振った。




               8

 
 
先日言われたように、トレイシーは新たな申請書と僕との契約の必要書類、僕はパスポートのページから、東欧の社会主義国を外したもののコピー二枚ずつ、白紙のページはコピーしなかったということにした。この日はクリスティアーニ新政権の発足会が近いというので、各国の記者やテレビ関係者がつめかけていた。待っている間セニョーラがどんどん記者証を出すのを見て、なんだか自分ももらえそうな気になってきた。スペイン人の記者たちが出て行き、やがて僕らの番がやってくると、トレイシーがささやく。
「いい、人生はテアトロよ、あなたも立派な俳優になってね!」
  セニョーラとの厳しいやり取りを予想したが、実にあっさりとしたものであった。ただ僕のは期限が二週間と短く限定されている。結局僕らが最後になったので、審査もほどほどで日本についての雑談になった。身内に若いころヨーロッパのあちこちで仕事して日本にも行ったことがあり、五カ国語が話せる叔父がいて、よく日本の話をしてくれたとのこと、その叔父は少し日本語も出来ると言う。それを聞いて一瞬びっくりしたのだが、セニョーラの年齢を考えてもその叔父はかなり高齢であろうし、万が一その叔父が僕の最高傑作を見ることがあっても、日本の印刷物のレベルも落ちたなぁ、ぐらいの感想であろう。すでに現地記者証はもう手に入れたのだから、僕らは礼を言って参謀本部を後にした。
  トレイシーがまだ間に合うからこれからこの国の唯一の高級ホテル、シェラトンに行ってこの記者証を見せれば、明日のクリスティアーニ新政権の、セレモニーに入れる身分証明書を作ってくれるからと言うのでバスに乗った。腰掛けて一息ついていると、彼女はバサバサとバッグの中から一枚の紙を取り出して、はいっ、と言って僕に差し出す。なんだろうとそれを見ると、なんとそれは、僕のあの最高傑作であった。
「いったいどうしたんだ、これは提出したはずじゃないか!」
「ちょっと心配になったから抜いといたの」
  トレイシーは知らん顔で答える。
「まあ、一度提出した書類など見ることはないのよ、保管しとくだけだから」
「そんな!じゃあ心配ってどういうことなんだよ?」
「それをもう一度良く見てごらんなさい」
「なんだよ、わからないよ、言ってる意味が!?」
「それ、あまりにもひどくない?まあ万が一のことを考えてやっぱり出さない方がいいかと思って」


                               つづく

 

2017年5月4日木曜日

Lima a Cusco ペルーのリマからクスコへ

ペルーの首都リマから、クスコへバスで24時間。標高が上がると頭痛に悩まされる。となりのセニョーラが高山病の薬をくれたのでバス内で配られたマテ デ コカ (コカの茶) を飲む。かつてのインカの帝都クスコに着いて治まらぬ頭痛をかかえてペンション八幡(7百円)に チェックインするとまたコカの葉を煎じてだしてくれた。数時間すると気分が良くなったので、コカの葉を噛みながら街に。

街には小さな旅行代理店がたくさんあり、いろいろな格安ツアーがいっぱい。

Me perdi en el Eden


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 夕べ、トレイシーが、僕のホテルを訪ねてきて、明日エスタード・マジョ―ル(参謀本部)へ行って、FMLNと軍の戦闘が最も激しい、モラサンへ行く許可の申請をするけど、僕に一緒に行って協力してほしい。そこで、彼女の仕事を手伝うカメラマンということで、記者証が取れるかどうかやってみないかと言う。
  先日彼女がアパートでフィエスタ(パーティー)を開いた。大学で知り合った、オスカルが招かれていて、連れられて行って飲んでる時、僕が冗談で、日本の運転免許証でごまかして、記者証が取れるかなあ、と言ったのをトレイシーは覚えていたようだ。という訳で、あまり乗り気はしないのだが友達も出来たし、まあ少し出国が延びてもいいかと、今朝は早くから言われた時刻に彼女のアパートに行ったのだが、まだ寝ていて用意が出来ていない。
  それから旅行者のイギリス人のジュリアや、アメリカ人のケリーが朝食を作ろうとやって来て、そうこうしているうちにだいぶ遅くなり、軍参謀本部に着いたのはなんと正午。トレイシーは一時までやっているからと言っていたのだが、十二時きっかりで昼休み。結局、午後二時の再開まで待たねばならなくなった。アングロサクソンはラテン人より時間に正確なのかと思っていたと言うと、カチンときたのか青い目で睨み、僕が先日のパーティーで、オスカル達と、女性はラティーナ(ラテン女性)が一番と言って盛り上がっていたくせにと言いがかりをつける。
  彼女が二時まで人権委員会の事務所に行こうと言うのでつき合うことにした。時間を考えてタクシーを使う。それはセントロを外れた住宅街の一角にあった。着いた時は職員が出かけているようで、中庭で待つことになった。中庭の木陰で二人のセニョーラが同じように待っていた。僕たちは自己紹介して話をしながら待った。
  彼女らは半年前に軍の兵士達に夫を引っぱって行かれて以来、ここに通っているらしい。一人はその妻、もう一人は夫の年老いた母親だという。そもそもの起こりは彼女らが住んでるスラムに、ちょっとやくざっぽい男が住んでいて、その男はスラムの中では、少々力があって闇の商売などしているのだが、ある日酔っ払ったこの男が夫に因縁を付けてきた。夫はこのしつこく絡むその男を殴ってしまった。男は次の日、知り合いの軍関係者に、夫を反政府活動をしているという通報をし、連れて行かせた。
  セニョーラはそんなのはでたらめだと、軍や警察に行って掛け合うのだが取り合ってくれない。軍の事務所に行き、調べようとするのだが入れてもらえない。それでここへ行ったらいいと知り合いに教えられて来たらしい。それ以後半年間探し続けていると言う。
  この夫が生きていることを信じたい。たとえもし、その再会がこの内戦の終わった後になろうと彼は生きてどこかにいて欲しい。夫との間にはまだ成人してない子供たちが五人いると言うから、経済的な面でも大黒柱を失って大変だろう。
  そんなことを考えていると、ここの事務員と所長が帰って来た。僕らに挨拶して、セニョーラ達に食事は済ましたのか聞き、どこからか二皿の料理を持って来て渡し、中へ入っていった。セニョーラは今日は何か情報が手に入るかもしれないと、希望とも不安ともとれる表情でつぶやいた。
  トレイシーは早速、受付に行き今年に入ってからの、暗殺による死者の資料をもらえるように手続きしている。そして僕を中の部屋に案内してくれた。そこには夥しい数の写真が壁という壁に貼ってあった。近寄って最初に目についたのは、ある男が乗用車から引き摺り下ろされて殺されたのだろう、その車の横に倒れている血だらけの写真。隣の写真は上半身、自動小銃かピストルで何箇所も打ち抜かれ、その上喉をかき切られてるもの。殴られ続け、倒れれば蹴られ、容赦なく息が絶えるまでそれを繰り返されたのだろう、顔が異常に腫上がり、どす黒く変色した写真。その隣は・・・・・・長く見つめられるものではない。
  目が開いたもの閉じたもの半開きなもの。男性がほとんどだが女性もいる。裸にされたものもある。あきらかに性的暴行を受けたあと殺されたもの、耳や鼻を削がれたもの。表情を歪めたもの、ひきつったもの。多くは後ろ手に縛られ、頭を打ち抜かれたうえ喉を掻き切られている。ただ見せしめのためか、逆らう者を脅えさせるためか、殺す側が楽しんでやったとしか思えないものもある。
  あまりに多すぎて、失礼な表現だが似たような死体達、無念が放たれる全ての死体。だが、一人一人違う半生、生い立ちが、反政府活動に入った理由があるだろう。組織のリーダーやメンバー、一般市民、あるいは勘違いで殺された者。一つ一つに帰属するそれぞれ別の家族がある。なら似たような死体などないではないか。この事務所で働く者は一体一体と、その家族を結びつけなければならない。
  たった一面の壁を見て逃げ出したいのに、他に三面あり別の部屋にもあり、それでも収まりきれないから、死体のアルバムが何冊も積まれてある。出ようとしてドアに目がとまった。そこに貼ってある一連の写真には、教会での葬儀と、その棺を担いで抗議のデモをする人々が写っていた。誰のだろうと見ていると、ボランティアらしいセニョーラが、ここの創設者八人の中の最後の生き残りだった前所長のエルベルト・アナヤ氏が、二年前暗殺された時の葬儀だという。僕は思いだした。セルヒオが大学構内を案内してくれた時、視聴覚室か講堂に付けられてた名前はこの人のだったのだ。
  ふと、その下に、一枚のたぶん田舎で撮られたのだろう、屋外の簡素な牢獄と言うか、家畜用のような檻に入れられている農民風の男と、その鉄格子のそばで、まだ幼い粗末な服を着た娘であろう二人の幼い女の子が、裸足で指をくわえてたたずんでる写真を見つけた。その娘達には、父親が捕らえられてるという状況さえ判ってないのかもしれない。
  僕はその時初めて、こみ上げてくるものを感じた。大量の死体で金縛りにあっていた感情が息をし始めたのか、我慢出来ずに事務所を飛び出し、外の道路まで来て嗚咽してしまった。情けないが急いで涙を拭いて隠す。トレイシーがもらった資料を持って出てきた。
「なんだ、ここにいたの、もう見るに耐えないんでしょう」
  僕は無視してもう一度中庭に入り、セニョーラ達に別れを告げ、スエルテ(幸運を)と付け加えた。トレイシーと参謀本部に急ぐ間、あのスエルテという言葉が不適切でなかったかと悩み、そしてあの幼い女の子達を想っていた。あの事務所がまもなくスタートするクリスティアーニ新政権になると、潰されるかもしれないという。僕は何故か、この国にもう少し居たいと思った。トレイシーにもその旨を伝えた。参謀本部に着くと、トレイシーはまじめな顔をして、
「いい、これから私達は役者になるのよ、とっても嘘つきになるの、いいわね」
と言い、それから笑い出したのだった。
  だが、この日はほとんど門前払いであった。というのも必要なものは何も用意されてなく、僕が緊張しながら差し出した、運転免許証ならぬ記者証には、一目くれただけであった。

 

               5

 

公園でレイナと待ち合わせた。少し遅れて小走りにやって来た。アメリカのビザの件で知り合いにさっそく電話してみたが、ちゃんとした会社に勤めてて、収入を証明出来ないと無理なんですって、とすっかり諦めている。僕は、コネでもあるのかと思っていた店の客とやらの、その当たり前な返事に、おそらくそいつもずいぶん適当な奴だろうと呆れる。僕らはそんなに大きくない公園の中の落ち着いて話せるベンチを選んで座った。
「もういいの、ねえ、それよりあなたが行った他の国の話をして」
  僕が行った国の名をあげていくと彼女は驚いて
「どうしてそんな旅行が出来るの!あなたは日本の金持なの?」
と聞かれる。
「そうじゃないよ、日本でもアメリカでもメキシコでも働いてたんだ」
  日本の通貨が今とても強くて、日本に居れば物価が高くてちっとも裕福に暮せないんだけど、先進国以外の国を旅行するには都合がいいこと、そしてほとんどの国でビザを取る必要がないことを説明した。それからレイナに行った国の様子や出来ごと、印象に残った事など話した。
「ここで一生働いても私、隣のグァテマラさえ行けるかしら」
と、ため息まじりに言うのを聞いて、何だか申し訳なくなる。レイナはちょっとの間、何か考え込んでいると思ったら
「ねえ、それじゃあ、あなたが行った国で私みたいな女がいたかしら」
と突然聞かれた。彼女に似た風貌ということだろうか?
「自分の赤ちゃんにも会うことも出来ない、そんなみじめなバカな女が」
  僕はすぐには言葉が出てこない。
「正直言って・・・・・・僕はそんな女性と知り合ったことは無いけど、同じような境遇の人はいると思う。特に貧しいラテンアメリカには君のような女の人は多いと思うな。他の国はまだよく知らないんだ。でもレイナ、それは君がみじめでバカなことにはならないよ」
  僕は続けた。
「僕は日本から逃げ出すようにして、いろんな国を知ったけどそれだけ。だけど君は嵐のような現実にちゃんと向かい合って、その小さな体で受け止めている。そして一生懸命生きてる。それはぶらぶらよその国をほっつき歩いてる、僕みたいな人間よりよっぽど・・・・・・」
  巧く言えないが、何とか慰めてあげたい。
「レイナ、いつも悲しんでばかりじゃだめだよ、世の中には実際楽しいことも沢山あるしね、例えば僕がレイナと出会ったことだって、とても嬉しいことだし・・・・・・」
  辺りが暗くなってきたのを照れ隠しにして言った。すると彼女は
「まあ、私のような女とでも出会ったことが、嬉しいですって、私なんて何の価値もないのに」
と言う。
「本当のことだよ、それに貧しいから、今が幸せじゃないからって、これからもずっと不幸が続くわけない。それにね、人は一番苦しい時に一番大事な事に気付き、幸せで一番輝いてる時に、一番大事なものを失くすって言う人もいるよ」
「ねえ、知ってる?まだ昨日会ったばかりなのに、私にはあなたがとても良い人だって判るの」
「そんなことはないけど・・・・・・」
  レイナが少し元気になったように見えるのが嬉しかった。
「ううん、私そういうことだったら他の人より判るの、だから否定しないで、ほらまた、次は許さないから」
  それからも旅してきた中での失敗談や今だから笑える話をして、彼女はよく笑った。すっかり暗くなったので送って行こうとすると
「ダメダメ、あなたはもう帰らなくちゃ、外国人には危険よ、私は慣れてるから平気、ここでお別れしましょ、私の方がずっと近いんだから。また明日会えるわよね、きっとよ」
  彼女が公園の前の大通りの反対側の角を曲がるのを見届けてから、ゆっくり帰っていると雨粒が落ちてきて、あっという間に身動きのとれないスコールになった。あと少しなのに雨宿りをするしかない、レイナは間に合っただろうか。

                     つづく

Chiste (Joke) 自己犠牲

飛行機に英国のキャサリン妃とローマ法王とミスタートランプと、小学生が乗っていた。そしたら飛行機は揺れだして、墜落しそう。だがパラシュートは3つしかない。
まずキャサリン妃が
「私はレディーファーストの国の王女だから、最初に避難するのが当然だわ」
と云って脱出した。
その次にミスター トランプが
「私は偉大なアメリカ合衆国の大統領で私がいなければ世界の秩序は崩壊し大変なことになるだろう。私がたすかることは世界を救うことなのだ」
と云って脱出した。
あとパラシュートはひとつしかない。すると小学生が泣き出した。ローマ法王が子どもをなだめる。
坊や泣かなくてもいいんだよ、私はもう 老人で神様のところにいくから、最後のパラシュートをつけてあげるよ。
でも小学生は泣き止まない。そして困りはてた法王に云った。
「そうじゃないんだよ、パラシュートならあるよ、僕が悲しいのはさっきトランプのおじさんが僕のランドセルしょって飛び降りたことなんだよ、せっかく宿題やったのに!」

2017年5月1日月曜日

Cusco al lago Titicaca クスコからティティカカ湖へ

 







クスコからティティカカ湖のペルー側の町プーノへ、五千数百メートル級の背後に大アマゾンを抱える山々を横に観ながらたどり着いて宿をとると、雷から雨とひょうに見舞われる。
翌朝曇りから晴れて、葦を敷き詰めた浮島ウロス島と45キロ沖のタキーレ島に。琵琶湖の12倍、最大水深281メートル、富士山より高いティティカカ湖、圧倒されます。島の高台を歩き回ったせいか夜はまた頭痛(高山病)。
  チチカカ湖 1日周遊券 28ドル