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2017年5月6日土曜日

Me perdi en el Eden


                          

 
 
 二回目の参謀本部での申請も失敗。僕が働いているということになってる“東京ニュース”の書類があるわけなく、オーストリアン紙の現地契約カメラマンという形しかないようだ。一番の問題は何といっても記者証ならぬ運転免許証だ。いくら何でもこのままコピーして提出するにはあまりにもなめている。あとの必要書類はトレイシーにまかせるとして、僕はさっそく彼女のアパートで記者証の細工を始めた。
  一度濃い目にコピーした免許証の、名前、住所、有効期限などは問題ないが、日本語が解かれば明らかに運転免許証とわかる部分を修正液で消し、申し訳のように東京ニュースと定規を使ってゴシック体に書いた。だがどう見てもずれている、こんなもの日本人が見たら、大笑いするだろうと思うと赤面してしまう。またコピー屋に行って十枚ほどコピーして持ち帰り、何度も何度も失敗を重ね、ついにそれらしきものが出来上がった。喜んでそれをコピーしたら、今度は修正液のあとが写ってまた失敗、さらに薄くコピーしてみたら顔写真がぼやけておかしい。そこで修正液の代わりに紙を切って貼ってコピーしてみたが、紙のふちが線になって貼ったのがわかる。
  また修正液に戻る、あまり盛り上がらぬように、一はけで決まったものを三枚ほど残し、それをコピーするがまだ液のあとが写るので少しだけ薄くコピーするしかない。だが顔写真の薄さと文字のそれとのギャップはいかんともし難く、そこで考えたあげくコピーの顔写真の枠を切り取り、そこに免許証の顔の部分を合わせてやってみた。するとしっくりくるのだがやはり写真枠の四角い切り口が影をつくる。
  しかしこれしかないと思った。コピー屋に何度かまた足を運び、終いには店の親父のアドバイスを入れ、二人で作業したあげくついに最高のものが出来た。夜になっていた。親父さんに礼を言い、おつりをチップにあげてひきあげた。トレイシーに見せたら何と言うだろうか?合格するだろうか?もうこれ以上のものは作れない。慣れない作業で疲れ果てた。
  彼女のアパートに戻るとオスカルとケリー、それにトレイシーのエル・サルバドル人の友人、ドリス、グアダルーペが来ていてビールを飲んでいた。おずおずと僕の最高傑作をトレイシーに見てもらうと、彼女は目を丸くして
「ワオ!なんてステキな記者証なんでしょう、これでばっちりよ!」
と感嘆してみんなに見せ、はしゃいでいる。そんな態度がかえって僕を不安にさせるのだった。それからみんなに
「今日ふとしったら参謀本部でそわそわして、落ち着きがないのよ」
「そんなことはないよ、あれは僕の癖で同じ姿勢でいるのが嫌なだけだよ」
「それからもしバレたらどうなるんだろうって聞くから、私はどうもならないわ、日本語わからないから、あなたに私もだまされたって言えばいいもの。でもあなたはおそらく連行されて拷問され、取調べられるかもねって言ったときの彼の顔、みんなに見せてあげたかったわ」
と、それからもさんざん酒の肴にされ、夜も更けおひらきとなったのだった。みんなが帰った後、トレイシーは
「ふとし、あなたが決めることよ、私はどっちでもいいの。モラサンに行くにしてもどっちかと言うと私一人のほうがいいの。山に行くにしても女だと態度も和らいで通してくれるかも。だからあなたが決めればいいのよ、モラサンに行くか行かないかは」
  などと言ってにやついている。今更引けないことはわかっているくせによく言いやがる。なんて狡賢い女なんだろう、そもそも彼女がいろいろ手伝ってほしいからと言ったのだ。

 

              7

 

遅くなったがレイナと約束した公園に急いだ。大学の前でバスを待つが都市ゲリラのバス放火が続き本数の減ったセントロ行きは、来るバス来るバス満杯で昇降口にも人がぶら下がっている。何本かやり過ごしやっと乗れたと思ったら、街は軍の警戒もあってすごい混雑ですっかり遅くなってしまった。
  僕は公園に向かわず直接彼女の下宿に向かうことにした。ちょっと気がひけたが店の前まで来ると道路に面した、食堂兼安酒場といった店内の、まだ客のいないテーブルに独りポツンとレイナが座っていた。
「遅くなってごめん」
  店に入って行った僕に気付くと彼女は一瞬驚いたように、下を向いてしまった。そばに座ってまた謝ってもよそよそしい。怒っているのか?いや、どこか怯えているようにも見える。何も注文しないのも悪いと思ったので、コーヒーを頼むとないと言うのでビールにする。
「レイナ何か飲む?」
「私はいいわ」
「どうしたの、元気がないね、僕のせいかな?」
「そうじゃないの・・・・・・実はね今日仕事中、商品を落として壊してしまったの」
「それでどうするの?」
「上司が怒って一〇〇コロン払って弁償しなければ、たぶん会社を追い出されてしまうかもしれない、あいつ、前からいつも嫌なことばかり言ってくるの」
 それはセクハラのことかもしれない。それでどうするんだと聞いても答えはないだろう。
なんとかしてあげたい。そうだ、手元には昨日ブラックマーケットで替えたばかりで、ま
だ九〇コロンほどある。レイナに今いくら持ってるか聞くと二五コロンあると言う。僕は
まわりに見られぬように八〇コロン出して彼女に渡した。レイナはそれに目を落とし
「えっ、本当に・・・・・・いいの」
と、やっときれいな瞳を輝かせた。
「給料日には必ず返すから」
と、いつの間にか店にいた二人の女性達には見られぬように、お金をポケットにしまった。
「いつだってかまわないよ、気にしないで、もう帰るから今夜はゆっくりお休み」
と言って勘定して店を出る、彼女もここでは気まずそうだ。
「明日も六時に公園で待ってて、,明日遅れたら許さないから・・・・・・ありがとう」
 店を出て歩きながら振り返ると、レイナがまだこっちを見ていて手を振った。




               8

 
 
先日言われたように、トレイシーは新たな申請書と僕との契約の必要書類、僕はパスポートのページから、東欧の社会主義国を外したもののコピー二枚ずつ、白紙のページはコピーしなかったということにした。この日はクリスティアーニ新政権の発足会が近いというので、各国の記者やテレビ関係者がつめかけていた。待っている間セニョーラがどんどん記者証を出すのを見て、なんだか自分ももらえそうな気になってきた。スペイン人の記者たちが出て行き、やがて僕らの番がやってくると、トレイシーがささやく。
「いい、人生はテアトロよ、あなたも立派な俳優になってね!」
  セニョーラとの厳しいやり取りを予想したが、実にあっさりとしたものであった。ただ僕のは期限が二週間と短く限定されている。結局僕らが最後になったので、審査もほどほどで日本についての雑談になった。身内に若いころヨーロッパのあちこちで仕事して日本にも行ったことがあり、五カ国語が話せる叔父がいて、よく日本の話をしてくれたとのこと、その叔父は少し日本語も出来ると言う。それを聞いて一瞬びっくりしたのだが、セニョーラの年齢を考えてもその叔父はかなり高齢であろうし、万が一その叔父が僕の最高傑作を見ることがあっても、日本の印刷物のレベルも落ちたなぁ、ぐらいの感想であろう。すでに現地記者証はもう手に入れたのだから、僕らは礼を言って参謀本部を後にした。
  トレイシーがまだ間に合うからこれからこの国の唯一の高級ホテル、シェラトンに行ってこの記者証を見せれば、明日のクリスティアーニ新政権の、セレモニーに入れる身分証明書を作ってくれるからと言うのでバスに乗った。腰掛けて一息ついていると、彼女はバサバサとバッグの中から一枚の紙を取り出して、はいっ、と言って僕に差し出す。なんだろうとそれを見ると、なんとそれは、僕のあの最高傑作であった。
「いったいどうしたんだ、これは提出したはずじゃないか!」
「ちょっと心配になったから抜いといたの」
  トレイシーは知らん顔で答える。
「まあ、一度提出した書類など見ることはないのよ、保管しとくだけだから」
「そんな!じゃあ心配ってどういうことなんだよ?」
「それをもう一度良く見てごらんなさい」
「なんだよ、わからないよ、言ってる意味が!?」
「それ、あまりにもひどくない?まあ万が一のことを考えてやっぱり出さない方がいいかと思って」


                               つづく

 

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