
よく人は誰かを侮辱するにあたって、豚野郎!と言い方をする。世界の豚の年間屠殺数推定13億2200万頭(2004年)。 数年前通訳をたのまれてスペインのイベリコ豚を求めて放牧場や屠殺、解体工場をまわった時に大きなショックを受けた。早ければ半年ほどで規定の体重に達した豚は、飼育場から屠殺場に隣接する囲いに押し込まれ、食事なしで一日捨ておかれ腸内のものを排出する。翌早朝より一頭のみ通れる柵で仕切られた死の通路に追い込まれる。その先には金属の大きな箱があって後戻りできず暗いその入り口に入っていく。奥まで進むと電気を浴びせられ仮死状態となる。箱の向こう側で待ってる作業員が後ろ足蹄近くに鉄のかぎ針をかける。
吊るされた豚はこの世に舞い戻る前に次に待つ作業員にすぐ喉、頸動脈を鋭利な包丁で切り裂かれる。この時点でまだ頭は辛うじてぶら下がている。バサーという感じで体内の血がこぼれ落ちていく。床はすぐに血の海となる。作業員は息をつく間もなく次の豚の処理が待っているのでその豚を押しやり、豚は次の機械の箱へと天井のレールで流れていく。そこで熱湯を浴び体毛を落とすが完全に落ちないのでさらに次のバーナーの機械で焼かれる。強烈な匂いと熱気が立ち込める。血抜きを終え冷やされた肉塊たちは、また別のヒンヤリとした大部屋に流れ、そこで待ち構えた大勢の作業員により頭部、内蔵を取り除き、腿、各部位と手際よく解体されていく。
前世期末より著しく生産が伸びたのは鶏肉だ。小型の家畜で扱いやすく品種改良されたブロイラーはわずか7・8週間で出荷できるらしい。効率面だけでなくアメリカで盛り上がった動物愛護運動が大型家畜の飼育環境改善なども微妙に影響したこともあるらしい。しかし安い肉の供給には犠牲がともなう。
アメリカや日本で次々と闘鶏が虐待だ残酷だと禁止されるなか、羽をむしって頭と肢を落とし、内臓をかき出し血抜きをした後の肉の量が7割を超えるという、新種ブロイラーの一生はダンテの神曲“地獄篇”の様相を呈する。急激に増す体重に骨の成長がついていかず、肢はネジ曲がって腱断裂、関節炎に激しく痛み、歩行困難で床にうずくまるため、糞尿にまみれ醸成されるアンモニアで胸部水腫、皮膚病、眼病、心臓疾患、高ストレスで短い一生さえ全うできずに、金属の狭い檻の中で突然死するものも。世界の鶏の年間屠殺数、推定376億羽(2004年)。
絶滅させてはならないが、ちなみに100トンのしろながす鯨一頭で7万羽の鶏と同量となる。命の数、1対70000としないのは人間の都合。
愛される犬たちは狼を先祖に人類の都合により用途、流行に合わせ品種改良されて大きな頭、ミニチュアな体、へしゃげた顔面、短い肢。いまや愛らしく家族の一員として表札にさえ名を連ねる。人造犬たちは同時に敏感肌、呼吸疾患、股関節痛、短命など宿命の十字架を背負う。
日々、家畜を出荷する業者も、できる限り無駄なく、またどの部位も捨てることなく提供する努力をし、消費者も常々飽食は慎み感謝して残さずに食べよう、それがせめてもの我々人間が家畜にできることだと、、、。でもやはり人間の言い分、都合である。それでも僕らはこれからも、誰かの命日など思い出すほかは肉を食うだろう。
囲い場から追いたてられ、高圧電力の装置の箱に歩む豚たちはなんの躊躇もなく進むわけではない、前に入った豚の悲鳴、気配から死を感じるのか反転し戻ろうとする。すると直ちに電気の棒を当てられるので引き返せない、進むしかない。豚も感じ、考える、そして我々と同じ命を持つ。なにが言いたいのだ今さら?!
あの屠殺解体工場訪問から豚の叫び声が聞こえる。この豚、もとい、人間野郎め!

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