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2017年10月21日土曜日

Me perdi en wl Eden 小説


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この国、このアメリカ大陸にレイナみたいな女が何人いるだろう、それでも自分が知り合った一人の娘が今、前に一歩踏み出そうとしている。そのことが何かとても大きな事件のような気がしている。たとえ嵐の夜に灯る、ちっぽけなロウソクの火のようであろうとも、懸命に守らねばならぬもの。
  公園に着くといつも少し遅れるレイナがもう来ていて、テーブルのある一角のいすに座って何か書き物していた。そっと近づいて声をかけると彼女をびっくりさせてしまった。
「まあ驚いたわ!あなたったら子供みたい。ねえ、それよりいよいよ私、おもい切って学校行くことにしたの。昨日工場長に頼んで、水曜と土曜の三時からあがれるようにしてもらったわ。しぶしぶだけど他の日に時々残業するならいいって」
「おめでとうレイナ!そりゃあいい。いつまで支払わなければいけないの?」
「明後日まで、実はね、日曜日におばあちゃんが帰り際に一〇〇コロンくれたの。あなたの八〇コロンは給料日でいい?そしたらこのお金で手付を打ってあとは少しづつ払えるか聞いてみる。だめだったらもう一つ仕事をするなりして、何とかなると思うわ」
「レイナ、美容師の勉強に集中するんだ。授業料は僕が出す」
「ありがとう、でもまだあなたには借りてるのよ。それは出来ないわ」
「いいかい、想像してごらん。実は君には小さい時、離れ離れになった兄がいて、そいつはアメリカ合衆国に不法入国してたんだけど、先日チョット稼いでこの国に帰って来て、探してた可愛い妹をやっと見つけだした」
「・・・・・・妹じゃなくて、数年前に離れ離れになった恋人がいて」
「そっ、それでもいいけど・・・・・・」
「ありがとう、本当に借りていいの?」
「もちろんさ」      
「じゃあ、一つだけ約束してくれる!美容師になれたら、あなたのそのきれいな黒髪を私に切らせて」
「うれしいなー、なんだったら直ぐにだってかまわないよ。ちょうど切りたいと思ってたんだ。レイナの練習にいいね、切ってよ」
「ダメ、私がちゃんと切れるようになってから。それまで待って、あなたが私の最初のお客様ってもう決めてるの」
 僕のことを大切に思ってくれてることが嬉かった。
「ねえ、見て」
と言ってレイナはノートを見せた。そのノートは真新しい紙と印刷剤の放ついい匂いがした。表紙の下には彼女の氏名が書かれていて、その隣に僕の名前が書いてある。FUTOSHCとなっていたのでFUTOSHIと訂正する、彼女は文盲ではないがスペイン語を完全に習得出来ていないのだろう。この国の文盲率の高さを考えれば自然なことだ。セルヒオのいうには、若い兵士達の大多数も文盲だという。
  最初のページをめくり、レイナが言う。
「あなたの名前をここに日本語で書いて」 ひらがな、カタカナ、漢字で書いて、レイナの名も書いてあげた。そして漢字が一つ一つ意味を持ち、幾通りかの発音があり、その数を言うとびっくりする。
「日本人はなんて頭が良いの!」
「全部知らなくてもいいんだよ。僕も読めても書けない字がいっぱいあるし」
 レイナは日本語で書いた自分の名をまねて楽しそうだ。それから日本人が好きな物語を何か聞かせてとねだった。“鶴の恩返し”をしてあげるととても気に入ったようだ。
「つるは可哀想・・・・・・。その男とずっと一緒に暮らしたかったのよ」
と、ため息をつく。
「これが西洋の神話や物語なら、魔女の杖一振りで、つるは人間に変わることが出来たんだけどね。日本のは違うんだ」
「ねえ、次に会った時、別の話もしてくれる」
「もちろん、じゃあ次は浜辺でいじめられてた亀をたすけた若い漁師の話をしてあげる」
「えっ、どんな話?少し教えて」
「亀はお礼にその若者を海の底の楽園につれて行くんだ。そこには美しいお姫様がいて、若者は時の経つのを忘れてしまうんだ。今日はここまでだよ」
「ああ、楽しみだわ、きっとよ!」
  見つめるレイナの瞳がキラキラして悲しくて美しかった。

 

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バスはオシカラ村の中央広場に着いた。想像出来たにもかかわらず,着いて驚いたのは兵士の多さである。僕らは早くも計画に悲観的になってしまう。とにかくこの広場は目立ち過ぎるので、とりあえず、すぐに人目のつかない所へ行ったほうがいい。それでなくても二人は白人と東洋人で目立つ。観光で外国人が来るはずもない場所なのだから。急いで見通しのきく広場を離れて遠ざかりながら、食堂かカフェを探すが、そんなものがここにありそうもない。通りすがりの村人に聞いてみると、さっきの広場の屋台以外にはないが、この先の雑貨屋で簡単な食事を出してくれる所があると言い,親切にも案内してくれた。
 店に入りセニョーラに何か食事が出来るか聞くとOKだと言うので、やっと荷物を下ろして簡素なテーブルにつく。出してくれたものをすきっ腹にかき込んで、インスタントしかないコーヒーを注文して、一服しながら店のセニョーラと世間話をした後、何気なくこの村から先へ行く交通手段があるか聞いてみた。それはもう、ここ七,八年前からないと言う。そして歩いて行くにも,橋が破壊されてるのでトロラ川を渡らなければならない。ところが今は雨季なので川は水量が増し二〇メートルから三〇メートルぐらいの川幅になってるはずだと言う。
  トレイシーがバッグの中をゴソゴソやっていたかと思うと、情けない顔をして地図がないと嘆く。さっきの検閲の時に没収されたのかと聞くと、そうではなくアパートに忘れたようだ。まあだいたい頭に入ってるからと強がるが、もともとあいまいだった計画は、ここへ来てぐちゃぐちゃになってきたような気がする。おまけにトレイシーは泳げないと告白し、ショックが重なる。そうなるとロープが必要になるだろうが、ここで手に入るだろうか?店を見渡しても地図もロープも置いてなさそうだし、直接聞くのもはばかられる。準備不足だ。もっともロープなど持って来てたら検問に引っ掛かって没収され、僕ら連れて行かれ尋問されただろう。地図も忘れて良かったのかもしれない。
 気がつくといつの間にどう嗅ぎつけたのか、店の外には村の子供達が集まっていて、僕らをものめずらしそうに見ている。場所を変えてもついて来るだろうから、飽きるまでほって置くしかないだろう。ところが減るどころか、見物人の子供達は増えてくる。僕はトレイシーに、上手くはないが子供達に解からないように英語で話そうと提案する。彼女もそれがいいとさっそく切り出す。
「ここからペルキンまで四〇キロメートルぐらいだと思う」
「十四キロぐらいならたいしたことないか」
「ちがうわよ、フォーティーよ」
「なんだって!山道で四〇キロもあるのかい!」
と僕が驚くと、それが英語、いや少なくともスペイン語でなかったにもかかわらず、ペルキンとか、何キロメートルとか、僕の驚きの表情もあったのか,子供たちの中から
「違うよ!ペルキン村までは二〇キロ位だよ」
と教えてくれる子がいた。トレイシーは完全に白けている。僕の方はペルキンまでの距離が四〇キロから二〇キロに減って嬉しいやら、こっちから英語で話そうと言い出した手前カッコ悪いやらで、どうしたらいいものか戸惑ってしまう。
「どうしてそれぐらいの英語がわからないの」
  トレイシーが情けなさそうに言う。たかがフォーティーンとフォーティーの、僅かな違いでしかないではないかと思うのだが,ここは我慢して続けるしかない。
「君こそなにがだいたい頭に入っているだよ、あのねぇトレイシー、日本ではブリティッシュイングリッシュしか教えてないんだよ。君のその,かたいオージービーフを噛みながら喋っているような英語じゃあ聞き取れないこともあるさ。もっと正確に発音してくれよ」
 何とか英語が通じたようで、トレイシーが僕の注文にむかついている。子供達も何の話をしてるのか、探っているが解からないようだ。
「ところで、私達の想像と違って、この村には相当の数の兵士がいるようだけど、脱出できる可能性はあるかしら」
「これから僕が村の周囲を見に行ってくるよ。見てから報告するから、君はここで子供達を引き付けておいて」
「ちょっと待ってよ、私も行くから。村の周りには有刺鉄線が張り巡らされていて、かなりの兵士が警備しているはずよ」
「でもどこか手薄なところがあるはずだよ。そこから出るしかないだろうね」
「いかにも無防備で警戒してない場所の先には、たぶん地雷が敷き詰められているはずよ。そんなとこは逆に要注意ね」
「そうだとしたら、どうやってここから先へ行けるだろうか」
「暗い時間に村の外へ出て行こうとしたら、捕まえようなんてしないで直ぐ撃ってくるわ。それに私達がここにいることは報告してないし、正当な発砲ということになるわね。地雷を踏むのも撃たれるのも避けなければね」
「えっ!地雷、まいったな。君が先を歩いてくれる?」
「どういう意味よ!最低。でも、もし地雷も踏まず撃たれもせず外側へ行けたとしても、外側に兵士はいないのかしら」
「こういう時に“もし”を使うのは不適切じゃないかなぁ。そういえばバスがここへ着く手前で兵隊を満載したトラックが二台、山のほうへ入って行ったけど、あれは村の外を警備しているのか、あるいはゲリラと戦闘するための兵力じゃないのかなぁ」
「ずっと先の川までたどり着いたところで兵士にでく合わせるかも、あるいはゲリラ側に撃たれるかもしれないわね」
  何度も聞きなおしたりしながら、僕のいびつな英語でなんとかこの辺の話は出来た。と思う。子供たちもわけの解からぬ会話に飽きたのか少し減ったようだ。このままでは何の具体策も出て来ない。
「トレイシー、時間を無駄に出来ない。暗くなる前に村を回って周囲がどうなっているか見てくるよ。それに使えるロープも手に入るか、なければ蔓でなんとか代用しよう」  
「私も行くわ、二手に分かれて逆に回ってみましょ、すれちがったら後でここで」
 店のセニョーラに荷物を預かってもらい、村の境界線を探ってみることにした。まず僕が先に出る、出たとたん、店の前の道の角に肩から銃を掛けた兵士が二人いて、僕と目が合うと視線を避けた。


                                     つづく

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